罪悪感の正体
こんばんは。
先日、「自分と繋がることの大切さ」というタイトルで記事を書きましたが…
日々、人と関わっていく上で、何かしら相談を受けたり、または、老婆心から声を掛けてしまうことがあります。
そういう時に、みんな口を揃えて言うのは…
「自分も悪かったのは、わかってるんだけど…。」
「自分にもそうなった責任はあるんだけど…。」
という言葉です。
人は時に、誤っている自分を正当化しようとしたり、自分の本意に逆らって他者に流されたりします。
そういう時に、その人たちにわかっていることは、漠然としていながら、それでいて強烈な「何か」が、自分の奥にある…ということです。
「自分は絶対に間違っていない。」
という人は、滅多にいません。
逆に、そういう人は、最初は世間や、周囲の人間から受け入れられず、批判されたとしても、最後には、認められます。
さまざまな学説も、最初に唱えることは、とても勇気がいります。
人は、自分で実際に見たこと、経験したこと、そういった既存のものの中から自分にあった概念を、選ぶという方法が一般的だからです。
でも、「信念」をもって、貫いたならば、必ず世間をも認める日が訪れます。
たとえそれが、数十年、数百年先であったとしても。
しかし、全ての根底にあるのは、「愛に基づいて」いなければならないということです。
そうではなかった場合、本人がいくら間違っていない、と貫いたとしても、それは、永遠に共感を生むことはありません。
不思議なことですが、これは、世界中の歴史の中で、しっかりと証明されています。
私は、思います。
全ての人は、愛を持った状態で生まれてくると。
そして、生きる上で様々な感情に触れ、次第に自分の愛を守るためにいろいろなものをその上に覆ってゆきます。
様々な状況や、環境の中で、自分の身を守るために、ガードを作ってゆくのです。
ところが最終的に、そのガード自体が、自分にとって足かせとなってゆきます。
私は、それを脱ぎ捨てることを、みなさんに薦めます。
それは、必ず、いかなる状況の時にも現れる感情のはずです。
たとえば、友達が、あなたの悪口を言っていたと、別の友達から聞いたとします。
その時、あなたはカッとなって、それを教えてくれた友達に、悪口を言った友達のことを悪く言ってしまう…そんな状況、ありませんか?
そして、その後、罪悪感を感じる、そんな時が。
後から罪悪感を抱く、という状況というのは、大抵、ふとした、咄嗟の出来事に起こります。
人が理性を失い易い状況というのは、予期せぬ時に起こるものです。
「魔がさす」
という言葉が示す通りでしょう。
そういう状況にこそ、冷静に自分を見つめる機会があります。
数々の同じような状況を繰り返す内に、誰しも、気づいているはずです。
自分がここで、こんな風にしてしまったら、或いは、言ってしまったら、後で必ず後悔するな…
と。
それは、あなたの中でまだ完全には見つけられていない、けれど確かに存在している「愛」の発しているシグナルです。
その声に、耳を済ませてください。
他人の発する、怒り、恐怖、焦り、苛立ち、そういう負の感情に巻き込まれず、流されず、飲み込まれずに、自分の奥にあるシグナルだけに集中してください。
それを繰り返す内に、自分自身の本心が、必ず、わかってきます。
それを繰り返してゆく内に、人付き合いが、楽しくなってゆきます。
平穏に過ごせ、また、自分自身も楽になっていきます。
それは、決して、我慢をするということではありません。
自分が絶対にこうしたい、と思うならば、貫くべきです。
でも、その結果に、もしも傷つけてしまう人や、悲しむ人がいるならば、それは間違いです。
それは「愛」ではありません。
その可能性があるならば、潔く、引き下がりましょう。
「自分と向き合う」、「自分と繋がる」ということは、とても勇気のいることです。
時には、自分の見たくなかった、目をそらしたくなるような自分を見つけてしまうこともあります。
そういう時にも、そんな自分から目をそらさず、しっかりと見つめてください。
それもまた、「今」のあなた自身です。
でも、必ず、「愛」を取り戻せば変わります。
だから、大丈夫。
どんなに嫌いな人、顔も見たくなかった人のことを憎んでも、決して、あなたがその人を変えられることはありません。
でも、あなたがあなた自身の「愛」を取り戻すことにのみ専念すれば、あなた自身が変わることは、必ずできます。
その時、あなたの中の「憎しみ」は、必ず消えています。
今は、私の書いていることの意味が全く理解できない、という人も、あなた自身が「愛」について考え、「愛」を探し始め、「愛」に気付き始めると、次第に全ての意味がわかってくるはずです。
ある日突然、フッと、腑に落ちることがあるはずです。
これが、そうなんだ…と。
「愛」というものは、そうやって、全てが根底で繋がっている。
私は、そう信じています。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
心から、感謝致します。